浜田宏一・内閣官房参与 核心インタビュー (ダイヤモンド・オンライン)
内閣官房参与で安倍政権の金融政策に影響を与えているといわれる浜田宏一氏のインタビューです。
端的にまとめると「期待インフレ率が上がる→実質賃金が下がる→雇用が増える→生産のパイが増える→安定的な景気回復→国民生活全体が豊かになる」という流れになるとのロジックです。(以後、これを「浜田ドミノロジック」と称します)
しかし、このロジックの通りに物事が進むかが疑わしいのです。
日本の実質賃金の推移を見てみます。
1998年を100として以下の項目をグラフ化してみました。(1998年を選んだ理由はこの年が明確に日本がデフレに陥った年だから)
・名目賃金
・CPI(総合)
・CPI(コアコア)
・実質賃金(給与/CPI総合)
・実質賃金(給与/コアコアCPI)
※名目賃金は「民間給与実態統計調査」の平均給与を用いています
グラフにあるように、日本は近年「インフレ率>名目賃金賃金の伸び⇒実質賃金低下」です。浜田氏は期待インフレ率が上がると実質賃金が下がると言っていますが、そんなことをしなくても総合でもコアコアでも実質賃金は下がっています。
浜田ドミノロジックでは国民生活全体が豊かになる第一歩として「期待インフレ率を上げる」こととしていますが、そんなことをしなくてもデフレ下においてすでに2番目の「実質賃金が下がる」というドミノは倒れているのです。
しかし、「実質賃金が下がる」という2番目のドミノが倒れているのに浜田ドミノロジックにある最後のドミノである「国民生活全体が豊かになる」は倒れていません。
一時的に実質賃金が下がれば…と言われていますが、浜田氏の言われている一時的とは具体的に何年間なのでしょうか。10年では不十分で20年間耐えればいいのでしょうか。
浜田氏はフィリップス曲線の話を拡大解釈しているように思えます。
フィリップス曲線が示しているのは「実質賃金の低下→失業者の減少」までです。その先の「生産のパイが増える」以降は説明していません。
確かに実質賃金の低下が失業者を減らすことに貢献しているかもしれません。
「民間給与実態統計調査」から「雇用者数」を見ても1998年からは140万人ほど増えています。
失業率で見ても就職氷河期と言われた時期の最悪の数字5.4%(2002年)にとどまり、最近の金融危機で諸外国の失業率が跳ね上がる中でも日本は3.9%→5.1%程度までしか失業者は増えませんでした。
1998年→2011年で見ると浜田氏が主張するように「実質賃金の低下」と「雇用者増加」が起こっていると言えそうです。
しかし、「雇用者増加/失業率低下→生産のパイが増える」とは簡単に結びつきません。
マクドナルドで賃金が安くなったからたくさんアルバイトを雇ったとしても(=実質賃金低下→雇用増大)、売れるハンバーガーやポテトの数が増えるわけではありません。売上を増やすのは顧客の需要です。
シャープの液晶パネル工場で賃金が安くなったからといって工員を雇って(=実質賃金低下→雇用増大)、液晶パネルの生産量を増やすわけではありません。需要があるからこそ作るのです。
需要>供給能力の超過需要であれば労働力が増えた場合には生産のパイが増えます。しかし、現在の日本のように供給能力>需要という局面では賃金低下が生産のパイ拡大にはつながらないでしょう。
個別の産業を見れば、介護のように超過需要になっているものもあります。しかし、このような所は賃金が安すぎて人が集まらずに供給力不足になっているくらいなので、更なる賃金低下が雇用を増やすかは非常に疑わしい。
本題に戻ります。
需要は購買力があってこそ生まれます。100万しかお金がなければ100万円分しか買えません。最貧困層に向けて高級スポーツカーを作っても売れません。売れなければ作りません。。
●日本の購買力ってどうなっているの?
実際には金利所得などいろいろありますが、雇用の話に絞ってものすごく単純化すると「購買力=稼いだお金」です。これを日本全体に拡大すると「購買力=日本の総賃金」です。(実際には自営業とかいろいろいます。今回は雇用の話に絞って超単純化しています)
「雇用者数」が増えても、1人当たりの実質賃金が下がって日本の「総賃金」が増えなければ、購買力は増えず需要は増えません。
「民間給与実態統計調査」から「総賃金」のデータを見てみます。
総賃金そのものは下がっています。
「総賃金」については実質賃金同様に、物価を考慮した「実質総賃金」はどうなんだという意見もあると思われるので、実質賃金同様にインフレ率を考慮して「実質総賃金」を求めてみます。
実質賃金同様、実質総賃金も減少しています。
日本ではデフレ下で実質賃金を下げて雇用者数を増やしてきましたが、総賃金が減少してきました。
ただでさえ需要が不足していたのに、さらに実質総賃金≒購買力が減少しているので、需要が増えることも難しくなっています。
1998年からの「実質賃金低下&雇用者増加」局面を見ると、「雇用が増える」というドミノが倒れたとしても「生産のパイが拡大する」というドミノを倒すわけではなさそうです。
そうすると、「期待インフレ率が上がる」ドミノが「雇用が増える」ドミノを倒して、「雇用が増える」ドミノが「生産のパイの拡大」ドミノを倒して…という浜田ドミノロジックで最後までドミノが倒れるかはかなり怪しそうです。
物価が上がっても国民の賃金はすぐには上がりません。インフレ率と失業の相関関係を示すフィリップス曲線(インフレ率が上昇すると失業率が下がることを示す)を見てもわかる通り、名目賃金には硬直性があるため、期待インフレ率が上がると、実質賃金は一時的に下がり、そのため雇用が増えるのです。こうした経路を経て、緩やかな物価上昇の中で実質所得の増加へとつながっていくのです。
その意味では、雇用されている人々が、実質賃金の面では少しずつ我慢し、失業者を減らして、それが生産のパイを増やす。それが安定的な景気回復につながり、国民生活が全体的に豊かになるというのが、リフレ政策と言えます。
よく「名目賃金が上がらないとダメ」と言われますが、名目賃金はむしろ上がらないほうがいい。名目賃金が上がると企業収益が増えず、雇用が増えなくなるからです。それだとインフレ政策の意味がなくなってしまい、むしろこれ以上物価が上昇しないよう、止める必要が出て来る。こうしたことは、あまり理解されていないように思います
内閣官房参与で安倍政権の金融政策に影響を与えているといわれる浜田宏一氏のインタビューです。
端的にまとめると「期待インフレ率が上がる→実質賃金が下がる→雇用が増える→生産のパイが増える→安定的な景気回復→国民生活全体が豊かになる」という流れになるとのロジックです。(以後、これを「浜田ドミノロジック」と称します)
しかし、このロジックの通りに物事が進むかが疑わしいのです。
日本の実質賃金の推移を見てみます。
1998年を100として以下の項目をグラフ化してみました。(1998年を選んだ理由はこの年が明確に日本がデフレに陥った年だから)
・名目賃金
・CPI(総合)
・CPI(コアコア)
・実質賃金(給与/CPI総合)
・実質賃金(給与/コアコアCPI)
※名目賃金は「民間給与実態統計調査」の平均給与を用いています
グラフにあるように、日本は近年「インフレ率>名目賃金賃金の伸び⇒実質賃金低下」です。浜田氏は期待インフレ率が上がると実質賃金が下がると言っていますが、そんなことをしなくても総合でもコアコアでも実質賃金は下がっています。
浜田ドミノロジックでは国民生活全体が豊かになる第一歩として「期待インフレ率を上げる」こととしていますが、そんなことをしなくてもデフレ下においてすでに2番目の「実質賃金が下がる」というドミノは倒れているのです。
しかし、「実質賃金が下がる」という2番目のドミノが倒れているのに浜田ドミノロジックにある最後のドミノである「国民生活全体が豊かになる」は倒れていません。
一時的に実質賃金が下がれば…と言われていますが、浜田氏の言われている一時的とは具体的に何年間なのでしょうか。10年では不十分で20年間耐えればいいのでしょうか。
浜田氏はフィリップス曲線の話を拡大解釈しているように思えます。
フィリップス曲線が示しているのは「実質賃金の低下→失業者の減少」までです。その先の「生産のパイが増える」以降は説明していません。
確かに実質賃金の低下が失業者を減らすことに貢献しているかもしれません。
「民間給与実態統計調査」から「雇用者数」を見ても1998年からは140万人ほど増えています。
失業率で見ても就職氷河期と言われた時期の最悪の数字5.4%(2002年)にとどまり、最近の金融危機で諸外国の失業率が跳ね上がる中でも日本は3.9%→5.1%程度までしか失業者は増えませんでした。
1998年→2011年で見ると浜田氏が主張するように「実質賃金の低下」と「雇用者増加」が起こっていると言えそうです。
しかし、「雇用者増加/失業率低下→生産のパイが増える」とは簡単に結びつきません。
マクドナルドで賃金が安くなったからたくさんアルバイトを雇ったとしても(=実質賃金低下→雇用増大)、売れるハンバーガーやポテトの数が増えるわけではありません。売上を増やすのは顧客の需要です。
シャープの液晶パネル工場で賃金が安くなったからといって工員を雇って(=実質賃金低下→雇用増大)、液晶パネルの生産量を増やすわけではありません。需要があるからこそ作るのです。
需要>供給能力の超過需要であれば労働力が増えた場合には生産のパイが増えます。しかし、現在の日本のように供給能力>需要という局面では賃金低下が生産のパイ拡大にはつながらないでしょう。
個別の産業を見れば、介護のように超過需要になっているものもあります。しかし、このような所は賃金が安すぎて人が集まらずに供給力不足になっているくらいなので、更なる賃金低下が雇用を増やすかは非常に疑わしい。
本題に戻ります。
需要は購買力があってこそ生まれます。100万しかお金がなければ100万円分しか買えません。最貧困層に向けて高級スポーツカーを作っても売れません。売れなければ作りません。。
●日本の購買力ってどうなっているの?
実際には金利所得などいろいろありますが、雇用の話に絞ってものすごく単純化すると「購買力=稼いだお金」です。これを日本全体に拡大すると「購買力=日本の総賃金」です。(実際には自営業とかいろいろいます。今回は雇用の話に絞って超単純化しています)
「雇用者数」が増えても、1人当たりの実質賃金が下がって日本の「総賃金」が増えなければ、購買力は増えず需要は増えません。
「民間給与実態統計調査」から「総賃金」のデータを見てみます。
総賃金そのものは下がっています。
「総賃金」については実質賃金同様に、物価を考慮した「実質総賃金」はどうなんだという意見もあると思われるので、実質賃金同様にインフレ率を考慮して「実質総賃金」を求めてみます。
実質賃金同様、実質総賃金も減少しています。
日本ではデフレ下で実質賃金を下げて雇用者数を増やしてきましたが、総賃金が減少してきました。
ただでさえ需要が不足していたのに、さらに実質総賃金≒購買力が減少しているので、需要が増えることも難しくなっています。
1998年からの「実質賃金低下&雇用者増加」局面を見ると、「雇用が増える」というドミノが倒れたとしても「生産のパイが拡大する」というドミノを倒すわけではなさそうです。
そうすると、「期待インフレ率が上がる」ドミノが「雇用が増える」ドミノを倒して、「雇用が増える」ドミノが「生産のパイの拡大」ドミノを倒して…という浜田ドミノロジックで最後までドミノが倒れるかはかなり怪しそうです。