興味深い記事が日経ビジネスにありました。
「コツコツ投資が報われる」って誰が言った (日経ビジネス)
日経ビジネス記者の武田健太郎氏の記事で「いま、年金積み立て開始は得策か」というサブタイトルもついています。
文章中では以下のように4つの中見出しをつけて,(今からの)コツコツ投資に対して否定的な論調です。しかし,この中身こそ非常に疑問が多い,簡単に言えば問題が多い内容になっています。
疑問1 今の株価は買いか?
疑問2 コツコツ投資は現実的か?
疑問3 税制優遇は魅力的か?
アメリカを参考にされても……
上記4項目へ私のコメントを入れてみます。
ツッコミ1: 「疑問1 今の株価は買いか?」
ここでは今の株価水準が割高で,今は買い時ではなさそうだという主張をしています。しかし,ここで武田氏自身が想定されている20年や30年という期間の投資においては,今が暴落のタイミングではなくても,どこかで暴落が来る可能性は十分高いわけです。暴落が来るなら投資すべきではないというのであれば,この手の投資はしないほうがいいという話になります。
こんな主張なら「20〜30年の運用においては,ずっとリスク資産を持ち続けるだけではなく相場観で売買した方がいい」といったアドバイスの方がずっとマシです。
ツッコミ2: 「疑問2 コツコツ投資は現実的か?」
ここが一番のツッコミどころ(ズッコケどころ)でしょうか。しかし、ここで問いたい。20~30年間規則正しく、同じ投資信託などに積み立て投資を続けてきた人間が果たして皆さんの身の回りにいたであろうか。
バブル崩壊やリーマンショック時の株価急落に動じず、突然の出費で投資資金を切り崩すこともない。雨にも風にも負けず辛抱強く一定の投資を続ける。そんな宮沢賢治のような個人投資家を私は知らない。
NISAやiDeCoをきっかけに投資を始めた人々が、今後30年同じ銘柄に投資を続けるなんて不可能に近い。今後30年同じ銘柄に投資を続けるなんて不可能に近いと言っています。そして,その理由として,過去に20〜30年同じ投資信託などを積み立て続けた人がいないからだと言っています。
20〜30年間同じ投資信託を買い続けた人がいないなんてのは当たり前の話です。
■20〜30年前に今のようなファンドはない
インデックス投資の歴史としてまとめましたが,日本で最初の先進国(MSCI KOKUSAI連動)インデックスファンドの登場は1997年11月です。国内債券・先進国債券インデックスファンドの登場も2000年4月まで待たねばなりません。つまり,今でこそ基本四資産と言われている「国内株式」「国内債券」「先進国株式」「先進国債券」のうち3つのアセットのインデックスファンドは20年前には存在しませんでした。しかも国内債券・外国債券で最古のダイワ投信倶楽部シリーズは今ではDC専用です。
上記はインデックスファンドの話だけですが,アクティブファンドを入れても同じです。コツコツ投資に適した20〜30年積み立てるようなファンドそのものがなかったわけです。
しかも,同じような先進国株式ファンドだとしても,より低信託報酬で良いファンドが出ているのですから,意識高い系投資家であれば購入ファンドを途中で変えています。
■金融機関のサービスも違う
また,金融機関における投信購入の利便性を見ても「投資信託の購入方法は口数購入」「自動積立サービスがない」など今とは全く環境が違います。今では当然のようにSBI証券,楽天証券,マネックス証券,松井証券などでネット証券で取引できますが,これらのネット証券も1998年〜2000年頃にようやく参入なので,20年前にはこれらの会社でネットで投資信託購入もできませんでした。
昔は海外サッカーの試合結果をリアルタイムに知ることすら難しかったわけですよ。今みたいにリアルタイム放送もなければ,インターネットで簡単に結果を知ることもできない。三菱ダイヤモンド・サッカーを楽しみに待ってたわけです。
コツコツ投資は近年になって叫ばれてきたものであり,コツコツ投資をできるような環境もまさに今整いつつあるところです。
武田氏の話は「(去年出た)新しい治療法を受けて生存年数10年を超えた患者を私は知らない。この治療法で治療を受けて10年間生き残るのは不可能に近い。」のような論理展開です。
ツッコミ3: 「疑問3 税制優遇は魅力的か?」
これを1年あたりに平均すると約1.2%の利回りとなる。これは果たして、30年の引き出し制限を上回るほどの利点なのか。若くて収入が低い時期ほど、急な出費でお金に困ることも多いだろう。一方、50歳で年収1500万円の場合は、税率が高いため所得控除の恩恵が大きく、利回りが年6%弱になる。こちらの方が魅力的だ。これ,一見もっともらしく見えますが典型的な間違った比較法です。
iDeCo (個人型確定拠出年金) を若いうちから利用した場合には,開始から60歳までがその対象になるのですから,30歳で始めていれば,50歳でも対象になります。
上記の武田氏の30歳より50歳の時の方の節税メリットが魅力的という比較は,30才時点か50才時点かのどちらかしか選べない場合に成立する比較です。
30才時点で加入しておけば50才時点の魅力的な時の節税効果も得られるのであれば,30歳の時のメリットが50歳の時のメリットよりも小さくても問題になりません。
ツッコミ4: 「アメリカを参考にされても……」
恐らく長期投資を絶対的な正義と見る背景には、投資大国アメリカの影響があると思われる。
一方、日本では日経平均が1989年末に3万8957円を付けて以降、株式市場は長期停滞を迎えている。直近の株価は2万円に近づいてはいるものの、最高値の半分の水準。過去約30年間に酸いも甘いも味わった株式市場を持つ日本で、米国の過去30年間を振り返った成功例を取り上げられても、ピンとこないのは仕方が無い。確かにアメリカの投資本はS&P500などアメリカ株を題材にして長期投資の良さを説いているものが多くあります。あのウォーレン・バフェット氏がインデックスファンドの長期保有をおすすめしているという話もありますが,バフェット氏が推すのもS&P500(アメリカ株)です。
では日本で言われているコツコツ投資はどうでしょう?アメリカ株が右肩上がりだという成功例でコツコツ投資を語っていますか?
答えはNoです。
年金つながりで言えば,企業型確定拠出年金の導入教育・継続教育などもありますが,そのような現場で示されるのはアメリカ株ではありません。一番の主流は「国内株」「国内債券」「外国株」「外国債券」といった基本四資産への25%ずつの分散投資です。
そして,分散投資をしておけば,あるアセットが不調でも相対的に好調なアセットもあるので,どこかに集中するときよりも値動きがマイルドになる(リスクが低くなる)という話をしています。
この手の投資理論はアメリカ生まれかもしれませんが,日本が取り入れる時にそのまま全部同じではありません。
また,仮にアメリカの成功体験をそのまま輸入するのであれば、アメリカ株を購入という話になるのですからどこぞの極東の島国(日本)の株が低迷していようが関係ないんじゃないの……とも思います。
最後に
武田氏はどうも日本の投資信託の歴史や確定拠出年金の現場で起こっていることをあまり知らないように思えます。確定拠出年金の運用の王道とされる長期分散投資への批判はいいと思いますが,この記事は非常に筋が悪い。【関連コンテンツ】