人は昔の自分の実績/栄光を語ることがあります。
特にビジネスの世界では実績が評判を作るので過去の実績を顕示することはよくあります。
(例)
 ・何千社で導入
 ・過去の成功プロジェクト
 ・東大卒
 ・元○○勤務

過去の実績を話すこと自体は悪いことではありません。その人が今日までに何をやってきた人かを知ることはその人を評価するにも非常に重要です。
しかし、いつまでも過去の栄光しか語れない人を信じるのは止めた方がよいでしょう。

語れる自慢/掲げられる看板が昔の話しかなく、今の自分を自慢できないのであれば、それは「過去の遺物」「終わっている人」です。


今が輝いている人は過去の実績のみならず、今をも誇れます。

例えばイーロン・マスク氏。
彼はPaypalの前身であるX.comを設立しました。ここまでで終わっていれば、彼は「あのPaypalの設立者」と呼ばれていたでしょう。
しかし、マスク氏を評するときにPaypalが第一に来ることはありません。「スペースX社のCEO」「テスラモーターズのCEO」です。マスク氏のように、昔の実績のみならず今も輝いている人は今を誇ることができるのです。


マネー/投資の世界に話を移します。
「かつて伝説の○○と呼ばれた」「○○のアドバイザーを務めた」「○万円を△億円に増やした」のような古い実績を掲げ続けている人がいます。
思わず、以下のようにツッコんでしまうわけです。
 ・「かつて伝説の○○と呼ばれた」 → 今はもう忘れ去られた存在?
 ・「○○のアドバイザーを務めた」 → 今はもう誰からもお声がかからないポンコツ?
 ・「○万円を△億円に増やした」 → その後は増やせなかったのかな?都合が悪い?

今も儲けているなら「○万円を△億円に増やした」と何年も前の実績を誇らずに、今どれほどの利益を出しているか語ればよいのです。その方がはるかに説得力も増します。それができないということは……出すと都合が悪いのでしょう。

※参考:ニューリッチへの道 (1年で70万円を3億円にした男 午堂登紀雄)


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