少し時間遅れの感があるが、以下の鳥越氏の記事が面白い。
ニュースの匠:AIJ企業年金損失問題=鳥越俊太郎
昔の日本では「運用」という言葉は今のように大手を振って闊歩(かっぽ)していたわけではありません。日本では「貯蓄」が美徳だったのです。いつごろからでしょうね? 「運用」とか「ファンド」という言葉が大きな顔をしてまかり通るようになりました。
運用」とは所詮「カネがカネを生む」という資本主義の基本-金利に足を置いているということです。これはモノを作って富を生産するという本来の資本主義ではなく、アメリカで発達した“ギャンブル資本主義”を生み出しました。

「貯蓄」は美徳であり、運用は所詮「カネがカネを生む」という資本主義の基本-金利の仕組みであり、モノを作って富を生産するという本来の資本主義ではないようです。

ストレートに表現すると「何言っているの、この人?」です。

金利を貰う運用が悪?
貯蓄が「美徳」?
意味が全く分からない。

古き良き高度成長期からバブルくらいまでの日本をイメージしているのだと思われます。日本人は預金・貯金という形で銀行や郵便局にお金を預けていました。

しかし、これは致命的な誤りがあります。

(1)銀行や郵便局は預かったお金を「運用」している
銀行は預かったお金を、企業に貸す、国債を買うなど運用しています。企業への貸付でも国債でも債権として金利を頂いています。鳥越氏の言うところの「金利に足を置いた」モノです。

銀行が企業から金利を取ってお金を貸している「運用」が善ではなく貯蓄が美徳とするならば、銀行がなすべきは企業への貸付を止めて銀行内部に現金をため込むことでしょうか。
そうすると、よほどの体力がある企業以外の大多数の企業は倒産の危機です。


(2)個人の貯蓄こそが「カネがカネを生む」金利に足を置いた運用
今は低金利時代ですが、貯蓄に励んだ高度成長期やバブル時代には今よりも格段に高い利子がついていました。個人は銀行にお金を貸すことで金利を得ていました。
個人の貯蓄そのものが運用でしたし、今でも運用です。運用を否定することは日本人の貯蓄を否定することであり、鳥越氏自身の主張の自爆です。


投資や運用は金儲けのために利用されるモノであり、善でも悪でもありません。
貯蓄も自分の資産を守ったり増やしたりするための運用で利用されるモノで善でも悪でもありません。


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