私がウォッチしているmasaさんの【貯金生活。投資生活。】の『「投資で社会貢献」というのは間違っていると思う』というエントリーに関して、投資と社会貢献について考えてみました。
細かい主張はリンク先の本編に譲るとして、masaさんは「投資というものは、あくまでも営利目的で行うべきもの。投資で社会貢献というのは間違っている。」という主張をされています。
こういう考え方もありでしょうが、私は違う意見で「社会貢献のための投資は有り」だという立場です。
例えば、身近な組織として、数十人が参加の地域社会貢献活動をやろうとして集まるような地域の組織があります。活動資金は発起人や一部の参加者達が出資しています。組織活動に関わる様々な費用(交通費、弁当代、道具代、印刷代)などがかかり、組織活動を継続するためには、なるべく内部でこの費用を工面できるようにする必要があり、そのように運用しています。
ある組織Aにとって地域イベントへの参加は大きなイベントで、子ども向けのゲームや商品販売を行います。このイベントの準備にお金がかかります。何かを作るにしろ初期資金が必要です。組織Aの発起人や参加メンバーが資金を出し、イベントの売上で初期投資を回収して余剰金は組織運営費に回します。初期投資をして、商品販売やゲームの売上で初期投資分+αを回収しようとしているので投資行動の1つと言えるでしょう。
このようなイベントでは、子ども達の喜ぶ顔を見るためという理由から1個1000円は取れる商品を500円で売っています。営利を目的とするならば、1000円で売って稼ぐべきかもしれませんし、1000円にすれば大きく儲かります。しかし、組織Aは儲けることよりも社会貢献という行為に走りました。
組織Aは営利目的で投資することが正しく1個1000円で売るべきだったでしょうか?高い利益よりも社会貢献を優先する活動に投資した人たちは間違っていたのでしょうか?
私は、間違っていないと思います。
組織Aを営利企業としたいならば、このイベントを含めて利益の最大化を目指すべきでしょう。
しかし、元々が小遣いで遊びに来た子ども達の笑顔を見たいという思いで集まった組織Aであれば、利益は組織Aが継続できる程度で十分です。その程度の利益で十分として組織Aに投資することが間違いとは思いません。組織Aに金を出して「俺が金を出したんだ。俺が出資した資金が少しでも増えるように値上げして売れ。」というのは野暮な話でしょう。
実は社会貢献に限らず、投資の目的とはいろいろあっていいものだと思います。勲章や爵位を得るための投資があっていいはずです。勲章や爵位がビジネス上で有利になって、より大きな利益を生む人もいるでしょう。しかし、そうならないのに名誉のためにお金をつぎ込む人もいます。名誉のための投資です。表では社会貢献事業にお金を投じ、裏では賄賂を贈ります。そこまでお金を投資して勲章や爵位を得たとします。それによって利益は得られなくても十分に投資と言えるでしょう(資格への投資?)。
万人が手本にすべき話とは思いませんが、こういう金銭的利益以外を目指す投資があってもいいとは思います。
先のエントリーにも書きましたが、お金は幸せになるために有効なツールであり、お金はツールに過ぎないのであり、モノ・サービス・価値の媒介物に過ぎません。
【投資する→お金を稼ぐ→稼いだお金を寄付する→社会貢献して満足度を得る】と一度投資をお金に変換して、そのお金を社会貢献に変換する方法もあります。その一方で、【投資する→社会貢献して満足度を得る】と直接変換してもいいはずです。
お金はただの媒介物にすぎないのですから、その媒介物を使った方が良い場合は使えばいいし、直接の方がいい場合は直接やればいい。先のように、自分のお小遣いからお金を出す子どもたちに喜んでもらいたいという場合には、そこで利益を求めずに価格を下げて提供してもいいはずです。(投資したお金は利益を優先しないといけないから子どもから高い料金を取り、その儲けたお金を子どものための何かに寄付する・・・というのは何か違う気がします)
本を読む目的は、知識を得るためであってもいいし、楽しむためでもいいし、英語の勉強のためでもいいし、暇つぶしでもいいし、読書家で知的と思われたいからでもいいはずです。投資も読書同様に人生における営みの1つであり、その目的はいろいろあっていいと考えています。
細かい主張はリンク先の本編に譲るとして、masaさんは「投資というものは、あくまでも営利目的で行うべきもの。投資で社会貢献というのは間違っている。」という主張をされています。
こういう考え方もありでしょうが、私は違う意見で「社会貢献のための投資は有り」だという立場です。
例えば、身近な組織として、数十人が参加の地域社会貢献活動をやろうとして集まるような地域の組織があります。活動資金は発起人や一部の参加者達が出資しています。組織活動に関わる様々な費用(交通費、弁当代、道具代、印刷代)などがかかり、組織活動を継続するためには、なるべく内部でこの費用を工面できるようにする必要があり、そのように運用しています。
ある組織Aにとって地域イベントへの参加は大きなイベントで、子ども向けのゲームや商品販売を行います。このイベントの準備にお金がかかります。何かを作るにしろ初期資金が必要です。組織Aの発起人や参加メンバーが資金を出し、イベントの売上で初期投資を回収して余剰金は組織運営費に回します。初期投資をして、商品販売やゲームの売上で初期投資分+αを回収しようとしているので投資行動の1つと言えるでしょう。
このようなイベントでは、子ども達の喜ぶ顔を見るためという理由から1個1000円は取れる商品を500円で売っています。営利を目的とするならば、1000円で売って稼ぐべきかもしれませんし、1000円にすれば大きく儲かります。しかし、組織Aは儲けることよりも社会貢献という行為に走りました。
組織Aは営利目的で投資することが正しく1個1000円で売るべきだったでしょうか?高い利益よりも社会貢献を優先する活動に投資した人たちは間違っていたのでしょうか?
私は、間違っていないと思います。
組織Aを営利企業としたいならば、このイベントを含めて利益の最大化を目指すべきでしょう。
しかし、元々が小遣いで遊びに来た子ども達の笑顔を見たいという思いで集まった組織Aであれば、利益は組織Aが継続できる程度で十分です。その程度の利益で十分として組織Aに投資することが間違いとは思いません。組織Aに金を出して「俺が金を出したんだ。俺が出資した資金が少しでも増えるように値上げして売れ。」というのは野暮な話でしょう。
実は社会貢献に限らず、投資の目的とはいろいろあっていいものだと思います。勲章や爵位を得るための投資があっていいはずです。勲章や爵位がビジネス上で有利になって、より大きな利益を生む人もいるでしょう。しかし、そうならないのに名誉のためにお金をつぎ込む人もいます。名誉のための投資です。表では社会貢献事業にお金を投じ、裏では賄賂を贈ります。そこまでお金を投資して勲章や爵位を得たとします。それによって利益は得られなくても十分に投資と言えるでしょう(資格への投資?)。
万人が手本にすべき話とは思いませんが、こういう金銭的利益以外を目指す投資があってもいいとは思います。
先のエントリーにも書きましたが、お金は幸せになるために有効なツールであり、お金はツールに過ぎないのであり、モノ・サービス・価値の媒介物に過ぎません。
【投資する→お金を稼ぐ→稼いだお金を寄付する→社会貢献して満足度を得る】と一度投資をお金に変換して、そのお金を社会貢献に変換する方法もあります。その一方で、【投資する→社会貢献して満足度を得る】と直接変換してもいいはずです。
お金はただの媒介物にすぎないのですから、その媒介物を使った方が良い場合は使えばいいし、直接の方がいい場合は直接やればいい。先のように、自分のお小遣いからお金を出す子どもたちに喜んでもらいたいという場合には、そこで利益を求めずに価格を下げて提供してもいいはずです。(投資したお金は利益を優先しないといけないから子どもから高い料金を取り、その儲けたお金を子どものための何かに寄付する・・・というのは何か違う気がします)
本を読む目的は、知識を得るためであってもいいし、楽しむためでもいいし、英語の勉強のためでもいいし、暇つぶしでもいいし、読書家で知的と思われたいからでもいいはずです。投資も読書同様に人生における営みの1つであり、その目的はいろいろあっていいと考えています。
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投資は人生ですね。生き方そのものですね。
masa さんだったら、こういう地域貢献は投資に入らないでしょうが、私は、これも投資の一形態だと思っています。
投資は自分の金を有意義な場所に回すことです。意味を広く取ることに賛成です。