先に断っておくと、私は「株式の長期リターンはプラス」仮説支持者です。


ですが、時に「株式の長期リターンはプラス」仮説があまりにも誇張されすぎている傾向があるように思います。さらに行きつくところまで行くと、それが当然の真理であって、疑う者は愚か者と言われかねないようなことまでありそう^^;


『ウォール街のランダム・ウォーカー』『インデックス・ファンドの時代』『敗者のゲーム』等々、名著です。これらの名著の中でも株式は長期的にはリターンがプラスになることが書かれています。
日本の書籍でもそのような記述はたくさんあります。
その場合、株式の長期リターンがプラスである根拠が過去データによって示されていることがほとんどです。


しかし、ひねくれ者の吊られた男としてはここで警鐘を鳴らしたくなります。

データで示すことは有力ですが、それに妥当性があるかは別物です。データで示そうとしたときにはそのデータの説得力が重要です。

多くの本などで使われるのは以下のようなデータです。
 (1)超長期のアメリカ株の上昇
 (2)長期の日本の株式の上昇
 (3)中期の世界株の上昇


これらのデータは確かに株価の上昇傾向を示している(だからこそデータとして本で使っている)のですが、それを一般化できるかということには疑問があります。


(1)超長期のアメリカ株の上昇
100年や200年という区切りでデータを取っているので、サンプル数としてはそれなりの信頼性があります。しかし、問題はアメリカという条件です。
アメリカは世界的に見ても極めて特殊な例です。自国へ本格的な侵攻を受けたことは無く、南北戦争以降は内戦もなく、クーデターもなく、20世紀半ばには世界の覇権国になり、(最近は揺らいでいますが・・・)世界の1大超大国です。そのような国家は世界的にも例を見ません。極めて珍しく恵まれた大成功を収めた国家です。
大成功例のBNF氏を持って投機が儲かると一般化できないように、特殊な国の株価が上昇していたからといって一般的に株価が上がるとは言えません。


(2)長期の日本の株式の上昇
バブル崩壊後は低迷していますが、日本株も上昇しています。設定時100だった日経平均が今では10000前後です。日経平均約60年という期間はサンプル数としては微妙ながらもそれなりには説得力があるところです。
しかし、この数字も疑ってかかるべきです。この期間の日本は「世界には日本とアルゼンチンとその他の国がある」と言われる程の奇跡的成長を遂げた特殊なケースです。先のアメリカ同様です。
しかも日経平均はその前の太平洋戦争の影響を受けていません。この日経平均の算出期間は戦争も内戦も無く極めて安定した時代です。指数が1930年くらいからあったらどうなっていたのだろうか?


(3)中期の世界株の上昇
頻度はそれほど多くはありませんが、これも使われることがあります。しかし、これは単純にサンプル数不足です。サンプル数はせいぜい30というところ。30で有効性を示せるかというとこれは厳しい。仮説を立てる根拠にはなっても、仮説の正しさを決定付ける証拠としては弱いでしょう。



知っている世界の話の例で申し訳ありませんが、薬の開発でもデータを使ってその薬がいい薬だという仮説を証明します。

試験によって違いはありますが、以下は一般的な話です。
Phase1では健常者数十例でデータを集めます。この限られた小人数で薬の安全性が確認されれば、仮説が補強されたと考えてPhse2に進みます。
Phase2では実際の患者100例〜程度のデータを集めて安全性と有効性を確認します。ここで結果が良ければ、仮説が補強されたと考えてPhase3に移ります。
Phase3ではさらに症例数を増やして数百〜1000例程度の規模のデータを集めます。これで結果がよければ、この薬は安全で効果がありそうだということで販売する承認許可が出ます。
ようやく仮説の正しさが示されたことになります。
しかし、販売後も市販直後調査で約半年間実際のデータを収集することになり、さらに再審査のために市販後調査で数千例〜数万例の実際のUncontrol下での安全性データ等を取得することを求められます。
これだけのデータの数で薬の有効性・安全性を検証します。


それと比較すると、数十例程度のデータだけで株式の長期リターンはプラスと言われても明らかにデータの信頼性が違います。

信頼性がありそうなのはせいぜいアメリカの約200年のデータくらいですが、先にも書いたようにアメリカのデータは特殊な例で偏りがあります。

また、お薬のお話・・・
上に書いたように新薬開発では多くのデータを集めるとありますが、ただ多ければいい物ではありません。薬の効果だけを測定するために他要因の影響が限りなく0に近づくようにRandomization(無作為割付)を行います。
アメリカ株式の200サンプルのようなその国固有の特殊環境の影響を受けた特定国の株式市場データばかりを集めたものとは全くの別物です。


超長期のアメリカ株の上昇、長期の日本の株式の上昇、中期の世界株の上昇、これらは全部「株式の長期リターンはプラス」仮説を立てる根拠にはなりますが、仮説を実証する証拠としては弱すぎます。


私は、このような点に注意しながら「株式の長期リターンはプラス」仮説は主張されるべきだと考えています。
そうしないと「簡単に月30万儲かる方法!!」などと同じように「いや、確かに儲かることもあったり、儲かる人もいるけどさ、そんなに強くは言い切れないよね」という極めて正当な非難の対象になってしまいます。



とはいえ、そのような薄弱な根拠の下でも私は「株式の長期リターンはプラス」仮説支持者です。