吊られた男の投資ブログ (インデックス投資)

投資信託を使った低コストインデックス投資/パッシブ投資(バイ&ホールドの国際分散投資)で資産形成を行っている一般サラリーマンの吊られた男が、主に投資やお金のことについて語るブログ。時々、投資やお金以外の話もします。



日本

日本企業はよくdisられるが、それでも世界で3位なのさ

日本の企業に対して批判的なコメントは結構目につきます。

東電、日航、シャープ、パナソニック、エルピーダ…と業績の悪い特定企業に対するものもあれば、日本企業というカテゴリーに対する批判コメントもよくあります。(私もしないわけじゃありません)

「日本企業は完璧でけちの付け所など全くない」なんてことはありませんので、当然に批判されるところもあるでしょう。しかし、考えてほしいのは日本は依然として世界で3位の経済大国であり、日本企業は世界的にそれなりの地位にいるということです。

フォーチュンが発表しているGlobal 500を見ても日本は68社がランクインしており、アメリカ(132社)、中国(73社)に次いで3位です。
 ※Forrune Global 500

参考:国別企業数ランキング上位10か国
 1位: アメリカ(132社)
 2位: 中国(73社)
 3位: 日本(68社)
 4位: ドイツ, フランス(32社)
 6位: イギリス(26社)
 7位: スイス(15社)
 8位: 韓国(13社)
 9位: オランダ(12社)
 10位: カナダ(11社)

企業数で見た時にアメリカの132社は別格ですが、中国とほぼ同じ位置の2位争いで、4位以下にはダブルスコアをつけています。

嫌〜な奴になれば、アメリカや中国以外の国から日本企業はこれがダメだと文句を言われたら「お前らのよう大きな結果を出せていない奴らに文句を言われる筋合いはない。自分達流が素晴らしくて、日本流がダメだと言うなら当然結果を出しているよね?えっ、まさか結果も出せていないのに結果を出している人に文句を言うの?」のように言い返せばいいのかもしれません。
 ※注意:厳密には人口の違い等も考慮しなくてはいけないし、規模=良さと簡単なものではありません


日本企業にもいろいろ問題はあるし、従来のやり方が通用しなくなってきているところもあります。しかし、だからと言って単純に他国のやり方が素晴らしいと崇め奉るのも違います。


「ヨーロッパでは●が常識なのに、日本では■だ。日本はおかしい」のような声もありますが、「日本はヨーロッパにはない■だからヨーロッパのどの国よりも凄いんだ」と言えるのかもしれません。優劣ではなく、文化が違えば価値観が違うということもあります。
この辺りは中身の検証が必要です。







日本の歴史ある大企業の没落はいいことだ(ある面では)

・エルピーダ破綻→NEC危機 (時価総額3000億円割れ)
・シャープのとめどない赤字→株価200円割れ(時価総額2100億円)
・パナソニック/ソニー等の電機メーカー各社の苦戦

いろいろと日本の歴史ある大企業が市場を賑わせています。
「日本の大企業は何をやっているんだ」「日本企業はどうなっているんだ」というような声も聞こえてきます。

しかし、これは良いことではないでしょうか。

少し前を振り返れば、日本はトップ企業の顔触れが変わらないことが問題視されていたはずです。昔の日本の大企業の顔触れと今の顔触れを比較してもほとんど変わりがありません。

本来なら企業間で常に競争があって敗れた企業にはご退場いただくのが基本なはずです。
アメリカでも航空会社の多くが倒産しました。GMやコダックもあります。その替わりと言っては…ですが、Google、Amazonのように急激に成長した企業も出てきています。
日本はこのような企業の新陳代謝が無いことが問題視されていたはずです。

戦術を誤った大企業が淘汰されること自体は問題は無いはずです。ここで「日本企業によって淘汰されるのではなく、ソーラーは中国、テレビは韓国にシェアを奪われているんだからダメだ。だから守らなくては」とやっていては、無策な大企業を延命させることになり、日本企業全体がゆっくりと沈下しかねません。



増税で考える。日本における個人の租税負担率は高い?低い?

※主に財務省のデータ(税制について考えてみよう)を使うので取り扱いには注意です。データを見てどう考えるかは自分のアタマで考えよう


消費税増税論議が白熱しています。
「増税賛成」「増税反対」と言う前に少し日本の税金の状況、特に個人にかかる負担部分を確認しておきます。

●国民負担率 (租税負担+社会保障負担率)
国民負担率を見ると以下の通り。税金+社会保障負担率は欧州と比べると日本の負担率は低くなっています。
また、日本は国民負担率に占める社会保障費の割合が43%となっており、約4割のドイツ/フランスと似て、社会保障費の比率が多く租税負担が少なくなっています。(負担率そのものはドイツ/フランスの方が高い)
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※租税負担のより詳しい内訳はこちら


●給与所得者の所得税負担率
平成22年分民間給与実態統計調査結果について」によると、民間の事業所が支払った給与の総額は194兆3,722億円で源泉徴収した所得税額は7兆5,009億円とのことです。
税額÷給与総額で計算した税額割合は3.86%です。
個人にかかる負担というと真っ先に所得税が思い浮かぶかもしれませんが、実は負担率は高くありません。


●個人所得課税負担額の国際比較 (その1)
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国際比較すると上記のとおりで、給与500万、700万、1000万という3つのどの階級でも日本の負担が一番低くなっています。
1000万円階級の子持ちはフランスに近く、日本は低所得者の負担が少ない急勾配な3つの棒グラフになっています。


●個人所得課税負担額の国際比較 (その2)
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上で書いた「日本は低所得者の負担が少ない急勾配」を示すのがこのグラフです。
日本ではほとんどの人は5%の税率で、80%超の人が10%以下の課税率です。多くの人の所得税率は低くなっています。


●各種税金の税収推移
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所得税や法人税は景気の影響を大きく受けています。
消費税は税率が5%になった後はどの年度でも約10兆円の税収と安定しています。



GDPかGNPか

GDPとGNP

今は当たり前のように各国の経済規模を図る時にGDPを使っていますが、昔はGNPが使われていました。最近の若い世代はGNPなど知らないのでしょうか。
 ・GDP (Gross Domestic Product/国内総生産)
 ・GNP (Gross National Product/国民総生産)
さらにGNPは無くなり、近い概念としてGNI (Gross National Income/国民総所得)になっています。なお、本エントリーではGNP≒GNIとして考えます。

経済規模の拡大が絶対的な善ではありませんが、経済規模が大きくなればそれだけ富の総量が増えるのですから、貧しい人まで富が行き届く可能性が多くなります。そうすると経済の拡大は極めて有効な政策です。
しかし、その時の指標としてGDPは適切なのでしょうか?


GDP≠国民の富

GDPは国内総生産ですから、日本国内の経済規模を表します。
極端な話をすれば、日本という国家さえあれば国民はその踏み台でも構わないというのがGDP拡大です。日本国内が外国人だらけになり彼らによって多くの経済活動が行われ、日本人はごく一部だけになってもGDPは拡大します。例えば、外国人移民を増やし、永住権や参政権を与えて日本国内が潤えば、GDPは拡大します。
GDPは誰が富を所有しているかは問いません。「日本のGDP≠日本人の富」です。
国内の経済規模を大きくすることが国家の目指すべき方向かというと違和感があります。


国家が目指すべきは国民の幸せ

一方、GNPは国民総生産です。GDP同様に極端な話をすれば、日本国内の経済活動は停滞していても、日本人が海外に進出してそこで裕福に暮らしていれば、拡大します。

国家にとって一番重要なのは何でしょうか?
私は国民だと思います。

例え、自国に住んでいなくても豊かに生活できれば幸せを感じるのが人間というモノです。国家が守るべきは国民の生活ではないでしょうか?


国民の幸せは国内とは限らない

このように考えると、今の日本の政策は変な呪縛にとらわれているように思えてきます。
「国内の日本人の雇用を守ろう」のように日本という土地と国民が結びついてしまっています。しかし、これは政策の選択肢を狭めるだけでチャンスも失ってしまいます。
世界では、それなりの数の国民が外国で就職する国もあります。例えばニュージーランド人でオーストラリアで働くことは珍しい話ではありません。
国内に職が無ければ、外国に目を向けてもいいはずです。

今の日本は、確かに日本の国土に多くの日本人が住んでいます。外国で就職する人が例外であって、国内雇用を王道としています。今後もこの路線で職があるならいいのです。
しかし、職が無いというのであれば、ニュージーランド人のように国外に目を向けてもいいのではないでしょうか?
国家も日本人の雇用を守るためにさまざまな規制や障壁を作るのではなく、彼らが国外で職を得られるようにするという政策があってもいいのではないでしょうか。

「国民が豊かに暮らせる」を目標に置いた時、経済指標としてGDPではなくGNP(GNI)という概念が戻ってきてもいい気がしています。



社会に愛された子は社会を愛す

2本1セットになりがちなここ最近。
どうも社会、政治系のネタを書くと以下のサイクルに入りやすいようです。
 ・livedoor newsに取り上げられる
  →面白いコメントを貰う
  →そのコメントをネタにブログを書く

昨日書いた『自民党の子育て長期計画が怖い』もlivedoor newsに取り上げられました。 → livedoor newsの記事
面白いコメントをたくさんいただきました。反論がやや多めで、売国奴、左翼、民主党の回し者、糞朝鮮人などのレッテルも貰いました。

しかし、今の日本において「家庭で育てる」を推進することが正しいのかがよく分かりません。
 ・少子高齢化、核家族が進み、今の親の世代を支える兄弟等も少ない
 ・GDP比の子育て予算が諸外国に比べて少ない (ここは自民党も増やすと明確に主張)
 ・高学歴化が進み、教育費がかさむ&就労までの扶養期間が伸びている
 ・勤労者の年収は頭打ちから減少傾向

このような状況で「家族で育てる」「自助が先」という方針は正しいのでしょうか?
私は今の日本がすでに家族に多大な自助を求めているように感じています。だからこそ、その多大な負担を嫌がって子どもを生まないという選択肢もうまれてきます。すでに親は自助で頑張っていると思います。

家族の絆は大事です。しかし、それと同じように社会との絆も重要ではないでしょうか。
我が家には娘がいます。当然家族は娘を愛して育てています。しかし、「家庭で育てる」という発想には危険を感じます。自分が育った時代と感じると明らかに今の子どもは社会との断絶が大きくなっています。(特に都心)

昔は近隣社会とのつながりが今よりはるかに大きく、近所の友達が集まって大人数でどこかの家で遊んだり、外で遊んだりしていました。小さいうちから友達の家にお泊りすることもよくありました。家族ぐるみの付き合いなんて関係もそこら中にありました。

私は当然に私の親の子でありましたが、近隣社会に育てられたようなものでもあります。しかし、今は自分が住む家の上下左右に住む人を知らないような時代です。
この現代において「社会が育てるは間違いだった。子どもは親が育てるのだ」というスローガンを掲げられることには大いに違和感を感じるのです。

最近は育児放棄や虐待するの親の問題も取り上げられていますが、これは親の愛情が減ったと言うことではないでしょう。
地縁社会の昔であれば、このような現象は起きにくかったはずです。周りの人たちが虐待にすぐに気づきますし、介入してくるおせっかいな人もたくさんいました。また、親も周りのサポートがあるのでそこまで追い詰められないということもあります。

繰り返しになりますが、今の子どもに足りないのは親の愛情ではなく社会からの愛情でしょう。

「家族の愛情 or 社会の愛情」はどちらか一歩運選択ではなく、両方あるべきテーマです。
しかし、今の日本の現状を考えた時には、「社会の愛情」が大きく欠落した部分であり、そちらを充実させる方へ進むべきではないでしょうか。家族からの愛情を今以上に求めるのは・・・酷な気がします。

親に愛された子どもは、自分の子どもを愛します。
社会に愛された子どもは、社会を愛します。


親を含めた社会が子どもを愛することで大きくなったときに他人にも優しくなれる人が育つ、という社会的循環があるのではないでしょうか。


ちなみに私は朝鮮人でもなければ民主党支持者でもありません。安倍〜麻生時の民主のくだらない攻撃には憤り、自民党に投票し、鳩山・菅にはダメ出しをしてきました。それに対して、面白いレッテルをいただいたのは興味深いものです。少しでも民主政策に合致する部分があったりすると売国奴とかになるんですね。こういう1か0かという「レッテル張り」もブログを書くネタになりそうです。



私の著書 - ズボラ投資
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