認可保育園の入園申し込みの結果通知が届く季節になりました。それを受けて「保育園落ちた」という声もTwitterなどのSNSでも見聞きします。

そういう中,政府は保育園無償化の方針を打ち出しました。
これは未就学児を抱える世帯にとってはメリットとなる政策ともいえるのですが,「そもそも待機児童だから無償化されても入れない。無償化の前に待機児童解消して全入が先。」といった声もあります。
また,待機児童問題が解決しない理由として保育園が足りないのだから保育園をつくれ,さらには保育園が増えないのは保育士の待遇が悪くてなり手が少ないからであって保育士の給与を上げろという声もあります。


Twitterでは上記のようなマンガも3万以上のRTを集めています。

しかし,この批判は違うと思うのです。


保育施設は急速に増えている

日本では少子高齢化と言われているように,子どもの数は右肩下がりで減っています。内閣統計局のグラフが分かりやすいのですが,子ども(15歳未満)の人口は1981年から2018年まで37年連続で減少しています。

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統計トピックスNo.109 我が国のこどもの数 -「こどもの日」にちなんで- (「人口推計」から)


そんな中,保育施設はどうなっているでしょうか?

■待機児童が多い東京と沖縄の保育施設

待機児童数が最も多い都道府県は東京都です。人口日本一の東京都ですが,その人口は日本全体の1割程度にもかかわらず、待機児童の中では日本全体の約3割と待機児童が集中しています。

では,東京都の中でも最も待機児童が多い世田谷区のケースを見てみます。

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 ※保育待機児童対策の状況について

待機児童が一番多いのだから保育園を全然作っていないのかな……と思うと,かなりのハイペースで保育定員数を増やしています。
平成20年には保育定員数が9090人(待機児童335人)でしたが,10年後の平成30年には保育定員数が19168人と1万人以上増えています。倍率で言えば2倍以上です。

しかし……しかし……なのです。10年で1万人も定員を増やした結果として待機児童数が減っているかというと,335人→489人と増えています。幸いにも直近2年は減っていますが、それでも10年前よりは増加しています。

なお,これは東京の他自治体でも同じ傾向です。保育定員数は右肩上がりに増えていますが,それと同じようなスピードで申し込み数も増加しているために待機児童が減っていません。


さて、都道府県単位では待機児童が2番目に多かった沖縄県を見るとどうでしょう。沖縄県の場合は、日本の中では子どもが多い県であるという特徴があります。

保育所待機児童3275人 沖縄県内昨年より減少も申し込み増加で「待機児童ゼロ」は遠く (琉球新報)
県によると、4月1日時点の施設数は741で、15年同時期より308増加。保育士も3年間で3千人近く増えるなど「受け皿づくり」は一定進んでいる。しかし、10月1日時点の申し込み数も前年同期比で3543人増えており、「(保育所を)造っても造っても(待機児童が)減らない」(子育て支援課)のが現状だ。

施設数を300以上,保育士を3000人近くも増やしたとかなり頑張っています。しかし,その分だけ申し込みが増えるから作っても作っても待機児童は減らないとのことです。

「無償化する前に待機児童を減らすために保育園をつくれ」と言いますが,待機児童が多い地域では自治体は無策ではなく,何年も前から保育園増やしは行われています。それでも解決できないのが待機児童問題です。
すでに保育園増やしという手は打っているのに,そこへ「保育園を作ってないからだ。保育園をつくれ。」では話が進みません。そんな話は10年も前から分かっていてすでに手を打っているのです。


「保育士の給与を上げろ」というが難しい


「保育士確保が難しいのは保育士の待遇が悪いのが原因であり,無償化する財源を保育士の給与に回せ」といったような声もあります。しかし,これはどう実現しましょう?

保育園は公立の保育園と民間の保育園があります。
政治で直接的に給与に関与できるのは公務員である公立保育園の職員です。ですから税金を投入することで公立保育園の保育士の給与を上げることは可能でしょう。
しかし,民間の労働者の給与は政府が決定することではありません。もちろん最低賃金といたルールは作れますが、それ以上の部分で「よし,自動車メーカーの新入社員の給与は330万円だ。マスメディアの30歳社員の給与は650万円だ。コンビニ店長は500万円だ。」のように口出しすることはできません。
これは保育士も同じです。民間の給与に政府が口出しすることは禁じ手です。

つまり,政府が税金を投入して直接的に給与を改善できるのは公立保育園の保育士ということになります。しかし,これは保育士の待遇問題を解決しません。というか解決どころか悪化させかねません。

保育士の給与を公立と民間で比較すると公務員の給与水準に準ずる公立保育園の方がかなり高くなっています。給与が低いという問題を抱えている保育士の多くは民間の保育士であり,ここは政府が直接的に介入できません。民間の保育園に政府が税金を補助金として配ることはできて,すでにやっていますが,それが保育士の給与に回るとは限りません。施設の運営費用や経営者の取り分ゴニョゴニョ……になるということもあります。
既に保育士の中では相対的に高い給与をもらって公立保育園の保育士の給与を上げて,給与が低い民間の保育士の給与は維持では保育士増加にはつながらないでしょう。

補助金を直接人件費にしか使えないようにするとか,いろいろ手もありますが、仮にそのような形で補助金を出せば,保育園経営者は貰った補助金を給与に割り当てて,従来自分たちの運営費から出すべきだった給与を減らして結局は保育士の給与はほとんど増えないということも想定されます。

もちろん,政府が強力な力をもって介入すれば給与は上げられますが,それは政府による民間企業の給与決定への介入を認めるという非常に大きな弊害を生むので,絶対に避けたい禁じ手です。

このように,保育士の給与を上げるべきという理想像は分かっても実現手段が手詰まりというところでしょう。世界平和という理想を実現するのが困難ということに似ています。


まとめ

保育園の待機児童問題は大きな社会問題で放置していていいものではありません。この問題を受けて国や地方自治体を批判する声もありますが,国や地方自治体は結構頑張っています。そこをあたかも無策かのように批判するのは筋違いでしょう。

解決は容易ではない問題ですが,問題を少しでも解決していくためには現状を認識した上での批判をして議論が進むことに期待します。




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